システム・デザインを不変にするもの、それはオーダーなのか
システム・デザインの質と中身は千差万別。
システムはアーキテクトと呼ばれる作り手により当然差が出ます。
親しいエンジニアとクリエイティブの話の中で、
「できるエンジニアとできないエンジニアは1000倍くらい違う」
という意見に、
「できるやつとできないやつは明確だから、1000倍ではなく無限大違う」
というコメントもありました。
こう考えると、本当のシステム・アーキテクトってどれくらいいるのかと思います。
ほとんどいないでしょうねぇ。
システム・アーキテクチャーとは一言でいいますが、私はこれに「時間軸」を加えたい。
既存のシステムにも、設計から最後はスクラップまでの時間の概念が含まれています。
私はシステムをエイジングをすることでシステムがより完成されている証明ができると思います。
システムのライフサイクルよりももっと長い時間の概念を導入できれば面白いと思います。
システム・アーキテクチャが時間が経過しても機能し続けるのであれば、そこに何があるのでしょうか。
最近、「オーダー」という話をする人がいたので、なるほどなぁと思いました。
茶道を例に取ってみましょう。
茶道は千利休がずーっとまえに完成したものです。
「完成したものです」という裏側は、後世の人たちが手を入れられないくらい完成しています。
利休は限られた空間の中で茶道というシステムをデザインしました。
利休システムに付け入る隙があれば、後の子孫も手を入れれたはずです。
まあ、各時代時代で手前なども作られていますが、基本はいじられていません。
それは単にシステム・アーキテクチャをこえた何か、つまりオーダーがあったからかと思います。
手前にしても、道具の配置にしても、すべてに理由があり、合理的背景があります。
単純な部品や作業の組み合わせではない、「オーダー」がそこにはあります。
システム・デザインに魂みたいなものがあればそれは「オーダー」ともいえるかもしれません。
「オーダー」があるかどうかは、何百年という時間を経る必要があります。
システム・アーキテクチャの仕事とその評価は非常に過酷なものです。