伊藤隆敏「インフレ目標政策」
- 作者: 伊藤隆敏
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 2013/02/26
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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2001年版も読みましたが、改訂された「インフレ目標政策」を読んでみました。
アベノミクス第一弾の金融緩和政策を受け、今年2月に出版された改訂版がこれです。
実はこの本、恐ろしいことが沢山書いてあります。
たとえば、次の内容はいかがでしょうか。
「伝統的な金融政策では、株価や為替レートは決して目標ではありません。
ただし、株価も為替レートも経済に影響を与えるので、
将来の経済状況やインフレ率を制御しようとする金融政策の決定過程のなかで、
考慮に入れるべき変数です。
・・・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・・・・・・
まとめると、ゼロ金利、デフレ下で採用される非伝統的な金融政策では、
将来のインフレ期待に働きかえるチャネル、資産効果(株価上昇)を通じたチャネル、
為替レート(円安)を通じた輸出振興のチャネルなどが重要になるのです。」
としています。
ね、怖いでしょ。
つまり、株価を上げ円安を実現しインフレをコントロールする手段にといってます。
株価上昇と円安はインフレの結果としてではなく、きっかけにせよということです。
どうも因果関係が逆ではないかと思えてしまいます。
また「インフレ2%」というのが特にこれといった根拠がなく繰り返し出てきます。
金融政策素人としては、なぜインフレターゲットが2%なのか知りたいところです。
個人的にはインタゲの議論で欠けているのは「相対評価」ではないかと思います。
1%ではなく、2%の理由を絶対値で議論すると全体像が見えにくいです。
「諸外国が2%のインフレを実現しているので、相対的に日本も最低限同じ水準を」
と言えば済むように思いますが、あらためて書くようなことでもないのでしょうか。
ところが、この2%も結構やっかいな水準です。
なぜかというと、伊藤氏の持ち出す消費者物価指数で2%を実現したのは2008年。
(GDPデフレーターは数字が出てくるのが遅いから使わないと言ってます)
リーマンショック前で世界景気も過熱し、エネルギー価格も高値にありました。
当時の水準を長期的に目指すというのも、結構無理があるなというのが感想です。
ただ一方で、伊藤氏の云わんとするところも同意できるところもあります。
それは、日銀に「目標数字を明確化しコミットしろ」という点です。
この議論は大多数を占める「一般的な」投資家には受けが良いのではないでしょうか。
たとえば、企業が決算発表時に業績ガイダンスを開示せずに、
「来年度の売上・利益は横ばい」
と発言すれば、間違いなく「見えにくい」といって株の買い材料にはなりません。
市場というのは不思議なもので、当事者にガイダンスを出してもらうと乗りやすい。
仮にそのガイダンスがそうなるという確証がなくてもです。
つまり短期的には根拠もなくアナウンスメント通りに動くことがあることです。
ただそのガイダンスが実現できなければ最後は悲惨な運命をたどることになります。
業績下方修正と株価の大暴落がセットで待ち受けています。
金融政策は株と違い一社で完結するモノでなないので、次元が違う気がします。
さて、株価と為替をインフレのコントロールに使うという議論でひとつの疑問が。
日銀がインフレ率が行きすぎた水準にあると判断するとどうなるのでしょうか。
その時名目金利が上昇していれば、金利を引き下げるということになるのでしょう。
しかし、過熱感を冷やすのに十分でない名目金利の場合はどうなるのでしょうか。
これまでとは反対にETFやREIT等の金融資産を売却しまくるのでしょうか。
日銀が市場の値段を崩しにくるということですよね。
当然他の投資家も同じように売りにきますよね。
さながら「日銀ショック」ですよね。
また、ドルを売って円を買いまくるのでしょうか。
その時に米国債を堂々と売れればよいですが。
目的はインフレ率のコントロールですが、やっていることはファンドのようですね。
インフレを冷やす際のアクションはかなり恐ろしいものがあります。
需要が高まった結果のインフレであればよいです。
しかし、実需を伴わないインフレであった場合はどうなんでしょうか。
伊藤氏は金利についても楽観的です。
「期待インフレ率が上昇しても、名目金利は顕著には上昇しません」
としてます。
フィッシャー効果は中長期で成り立つが、短期では成り立たないとしてます。
また、不況、好況の景気循環でいつも成り立つものでないとしてます。
資本市場の一気に流れが変わる恐ろしさを知る私としては…。
今回の議論は、
「原子力の原理は理解し原発の運用も過去十分にできてきたからこの先も大丈夫」
という議論に似ているような気がします。
この考え方が危険だということは日本人は311でいやというほど学んだはずです。
株価、為替を手段にするというのは日銀の「当座預金」残高を管理するのとは別次元です。
日銀が事前に十分に想定しえない領域を管理しようとしています。
「将来知らないことが起きるということを知らない」という状況でしょうか。
今回のすべてを支える成長戦略がまっとうであることを日本人として切に願います。