Jour・Analyst、ジャーアナリストを設計する:証券アナリストという職業の分解と統合をして生まれる新スタイル
最近、証券アナリストとジャーナリストという職業の違いを考える機会が多い。
証券アナリストが参画するLongineという経済メディアを運営しているからだ。
日経BizGate、NewsPicksのような経済メディアに寄稿することも増えてきたからもある。
そもそも、証券アナリストという職業はどういった職業なんだろうか。
個人的経験から、以下のように分解できる。
- 産業分析
- 企業分析
- 企業価値分析(バリュエーション)
の3つができて、はじめて証券アナリストと呼べると思う。
実際の資産運用の世界では、上の3つに加えて、次の要素が重要になる。
- 投資判断
- シナリオ構築
投資判断は、通常、市場価格とバリュエーションにより決まることが多い。
しかし、一概にもそうとは言えない。
バリュエーションの結果、割安とおもっても大抵何か理由があると考えるのが自然だ。
流動性のない株を除いては、株式市場はそれほど非効率的ではない。
割安に放置されている理由は、企業や産業の歴史にあることが多い。
たとえば、経営のトラックレコード、経営者の資質といったものだ。
また、株式市場の「空気」も影響する。
将来、景気が崩れそうであれば、景気敏感な株が避けられ、ディフェンシブな銘柄が好まれる。
安部政権が内需刺激策により、長期的な成長性がなくても内需どっぷりの銘柄も好まれる。
いわゆる、マクロ経済見通しによるセクターベット、アロケーションと呼ばれるスタイルである。
これは運用しながら株式市場と対話をしながら学習していく質のものである。
投資は思うように行かないことが多い。
自分の想定と違うことが起きたときにどのように軌道修正できるかも重要だ。
したがって、投資対象に対して、シナリオを複数持てることも重要な要素だ。
シナリオごとの投資判断もあるのも自然だが、実際にはそこまでできる人は少ない。
こうしたサブシステムとも呼べるエッセンスがアナリストに必要な資質だ。
アナリストに短期的な株価予想や経営アドバイスを求めるのはバウンダリー外だということが分かる。
もちろん、トレード発想力のあるアナリストや経営センスのあるアナリストもいる。
しかし、それはアナリストが育てられてきたという結果ではない。
何度も言うが、それはバウンダリー外にある要素で、極めて個人的な資質によるものだ。
一方、ジャーナリストはどのように仕事を分解できるのだろうか。
これまで接してきたサンプル数が少ないため、どうやら誤解していたようである。
ジャーナリストはストーリーを求めるそうである。
以前は、ジャーナリストは、事実だけを報道していると考えていた。
一目置いているジャーナリストに聞いてみた。
彼は「そんなアホな。ストーリーを作って取材するに決まっているだろ」と答えた。
私と彼は議論を続けたが、それを横で見ていた人は、
「結局、アナリストもジャーナリストも同じなんだと思う」とぽつり。
アナリストからすれば、ジャーナリストは淡々と事実だけを報道してくれる方がありがたい。
ジャーナリストもストーリーテラーだとしよう。
だとすれば、アナリストはジャーナリストの報道を参考にするのは危険だ。
すでにオピニオンが含まれている情報だからだ。
アナリストにはオピニオンが含まれた情報は危険だ。
気づかないうちに調査内容や判断が影響を受けることがあるからだ。
アナリストで駆け出しの頃、経験の長いアナリストに他人のレポートは読むなと言われた。
他人の投資判断は役に立たないばかりか、考える練習にならないというものだ。
一次情報といえども、たっぷり出してのバイアスが含まれているものだ。
しかし、二次情報よりは少ない。
結局は一次情報が安全だし、その後のすべての判断の責任の所在が明確というオチだ。
同じジャーナリストに次のようなことも言われた。
「アナリストの文章はつまらない」
これはアナリストの名誉のためにいうと、アナリストはみんなに読ませるために書いていない。
具体的には、投資家に対してのみ書いている。
投資家は短気な質の人が多い。
結論は短ければ短い方がよいし、そのサポートも簡潔な方がよい。
そこはできるだけ多くの人に読んでもらいたいジャーナリストとは決定的に違う。
ただ、最近私も調査レポートも多くの人に理解される方がよいと考えるようになってきた。
影響力が出るからだ。
アナリストのよさは、データ、数字を基に詳細に議論できることだ。
ここはジャーナリストよりはエッジがある部分だし、そうなければならない。
まとめると、次世代のアナリストは、ナラティブで分析が優れている方がよい。
「ジャー・アナリスト」というのはいかがだろうか。