泉田良輔の考えたこと

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愛光学園の評判と寮生活-母校がNIKKEI STYLEに

私は愛光の37期の卒業生です。

小学校の卒業式もそこそこに、親元を離れ、中学高校と6年間の寮生活。親元へは、夏休み、冬休み、春休みの3回ほどしか帰省しません。ということで、中学・高校と6年間も寮生活をすると、色々自立するものです。

当時は「ボーディングスクール」などという言葉は頭にはありませんが、まさにそれです。その後、社会に出ても付き合える、そして時には一緒に仕事もでき、困ったときには助けてくれる友人ができるのが最大の魅力です。

最近では、現在は医者となっている愛光の同期が「本人の希望もあり、息子が愛光に入学した」というコメントがフェイスブックにあり、おお!と思いました。医者の子息は当時から確かに多かった印象があります。

愛光の評判とは-そもそも理系偏重

評判とは何をもって評判とするのかは分かりませんが、社会に出ても知っている人は知っている(当たり前か)という状況で、卒業生を目の前にして言う人はあまりいないでしょうが、悪い話は聞いたことはありません。

ただ、偏差値はラ・サールの方が上でしょう、とは言われます。あと、久留米大附設とも比べられます。同じ寮がある関西の私立というくくりでしょう。兄弟がラ・サールにいるとか、そういうケースもありました。

私がいた当時には、高校では5クラスあるのですが、うち3クラスが理系で、2クラスが文系です。つまり、そもそもが理系偏重です。

そしてその中でも医学部志望が多い、というのが実際です。

親が医師であるから医学部を目指すケースもあるのですが、そうでないケースでもまわりに医学部志望が多い中で勉強していると自然にそうなっていくのかもしれません。特に成績の優秀な友人には医学部志望が多かったように思います。

そして必ずしも東大、京大というわけではなく、全国の医学部に皆散っていくイメージです。北大もいれば琉球大もいるという感じです。

私は最初に勤務したのが金融機関だったので、愛光生に会うというのはあまりなかったですが、医者になった同期に話を聞くと、いろいろなところでOBを含めて愛光の医師との接点があるといってます。

愛光の寮生活

私はトマス寮(中学部)、ドミニコ寮(今はない)、トマス寮(高校部)、第二ドミニコ寮(高三時)とすべての寮を経験しているレアケースかと思います。

入学したての中一の時には8人部屋。

これはまさに寝台列車のよう。カーテン一枚でしか自分のプライベート空間はありませんでした。

はじめは自分も含めてホームシックになることもありますが、ゴールデンウィークを過ぎれば、ほとんど家のことは忘れます(笑)

毎月、親が小遣いを送ってくれるのですが、その金額の範囲で「チケット」を切れて寮内で買い物ができたり、小遣いを引き出すことができます。この時点で、親との関係は数字が重要となってきます(笑)。為替の概念を自分で理解したのも、この頃です。

学年が進むと個室に移りますが、その部屋にはカギがありません!

言ってしまえば、だれでも自由に入ってきます。たまり場ができるのも想像に難くないでしょう。

その個室では、凄い友人はアロワナなどの熱帯魚を飼ったり、舎監に黙ってテレビを持ち込んでゲームをしている猛者もいました。ちなみに、夜になると電源が落ちるので、熱帯魚は長生きした印象がありません。

学年が進むごとに自分の気の合う仲間が決まってきて、そこでコミュニケーションが確立していたような気がします。

寮の食堂で食事をする場所だったり、風呂に入る時間などもグループごとで違っていたようにも思います。

また、部活動でもグループができていたようにも思います。

愛光は「世界的教養人」を目指す学校

愛光はドミニコ修道会によるカトリックの学校です。

外国人といってもスペイン人の神父様がたくさんいて、はじめて世界と接した感じはしました。

そこの神父様もケンブリッジやハーバードを卒業している、まあ、秀才ばかりなので、それは刺激を受けましたし、日本語もしゃべれるのは驚きました。

まあ、たまに「歯には屁を」とか言ってしまうのは、玉に瑕というやつです。

当時、神父様の一人にスペインのどこの出身と聞いたときに「バスク地方だ」というのを聞き、またその存在と歴史を知った時に、複雑なものを感じたのを思い出します。

そういう意味では、自分にとって愛光は世界とのファーストコンタクトだったのかもしれません。

海外経験もなく、当時、日本人がそれほどいなかった外資系企業に転職を簡単に決めてしまうあたりも、そういった基盤が自分の中にあったのかもしれません。

卒業して思ったのですが、愛光もそうした背景もあるので東大の合格者数など追わずに、海外の大学を目指すような高校にしてしまえばよいのかなと思います。

そちらの方が、日本の高等学校としての色も出ますし、カトリックであることの意味なども前面に押し出せるのではと思います。

在学当時は「世界的教養人?!」と思っていましたが、これは非常に重みのある言葉で、そんな日本人が出てくれば学校としての存在意義は果たしたといえるくらいのテーマだと思います。

海外に合格者を出せる学校であれば、首都圏からもどんどん学生を集めることができると思います。

愛光卒業後に何をしているのか

医師も多いですが、弁護士も、そして政治家を目指している人、また、起業したりしている人もいます。もちろん、有名な企業で勤務している人もいます。

また、愛光をなんらかしらの理由で途中でやめていった同期ともつながっているのは、不思議なものです。

よくあるのが、外部の仕事で名刺交換をして、出身地の話になり「愛媛」というような話になると、「どこの学校」というやりとりで「愛光」となると「何期?」となります。

そこで、自分よりも先輩だとそれまでのすべてのやり取りが、先輩・後輩関係となるので、積み重ねてきたものが一気に変わる局面があります(笑)

愛光の学費

自分で払っていたわけではないので、内訳は知りませんが、今回のNIKKEI STYLEの記事では、月に10万強とのこと。

実際は、本とか、交際費(外出時の飲食とか)とか、でいろいろかかりますからね。通信費用はどうなっているんだろうかという疑問もあります。

学費と寮費などで月10万円強はかかりますかね。地元の私立校を選んでも塾には行かないといけないが、愛光の場合、塾は不要。志望校に現役合格したし、友人もたくさんできたので、結果的にいい選択だった

まとめ

愛光は田舎で情報がない環境ですが、それはそれとして、別の何かが生まれる環境というのは、今だから言えます。

個人的にはスペイン人の神父様にもっといろいろ教わっておけばよかったというのは今になって思うことです。

正直、学校にいた時よりも社会に出て、自分でビジネスする時や医療問題で悩むとかいう厳しい局面に直面した時に愛光にいたことの重要性がよくわかります。ネットワークといってしまえばそれまでですが、それ以上に、寮で6年間も一緒という稀有な環境の成果と思います。

まあ、親には感謝しかないです。はい。

style.nikkei.com

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