泉田良輔のブログ

テクノロジーアナリストの100%私見

IR(インベスターリレーションズ)は最高難度のパーセプション・マネジメント

IRは世界中見渡しても最高難度のパーセプション・マネジメントです。

政治も経営も神髄はパーセプション・マネジメントでしょう。

ただ、IRが最高難度という理由は次の2点に尽きます。

  • 主に伝える内容が決算データという超ハードコアコンテンツ
  • 伝達対象が投資歴数十年のプロ投資家から口座開設したばかりの投資家まで

経営で起きている「内容」を正しく伝え、投資家の予測基盤を「整備」する

内容というのは決算データから過去の意思決定の背景まで様々です。
投資家もネットの出現で圧倒的な量の情報を入手できるようになりました。
しかしどの情報が正確で実際に近いかの判断は経験とちょっとしたスキルが必要です。
これをプロの投資家だけでなく、個人投資家にも期待するのは実際難しいでしょう。
IR対象をカバーするためには投資家が投資判断するのに充分である基盤が必要です。
充分というのは過不足なくという意味です。
基盤というのは誰もが、いつでもアクセス可能できるものではなくてはなりません。
重要なのはそれらをどのようにデザインして、運用するかという点です。

情報の背景を読み解く

「なんでもかんでも投資家に情報をだせばよいのか?」
「IRサイトをいわゆるライブラリー化すればよいのか?」
という話かというとそうではないのではないかと思うようになりました。

随分以前は「情報があれば自分で考える。多い方がよい」と思っていました。
ところが情報というのは視点が変われば、分析内容も変わるものです。
自分の分析も重要ですが、情報の出し手の思いを知ることの方が重要です。

証券アナリストの最も重要な資質は情報の出し手の思いを読み解くことかなと。
「空気を読む」のではなく「情報の背景」を読み解くということです。
アナリストの仕事としてはこれが一番難しいんではないのでしょうか。
生数字の分析は、まあそれほど差が出ることはないです。はい。
そしてその仕事はおそらくどんどん機械化していくと思います。
ただ、情報の背景を考えるというのは機械ではできないでしょう。

と、ここまで来ると、
「なんでもかんでも情報を発信することは実はコミュニケーションを複雑にする」
ということにはなりはしないかと考えてしまいます。

伝えたいメッセージがない情報はお互いを不幸にするのではないのかと。
お互いというのは、情報の出し手(発行体)と受け手(投資家)の話です。

米国企業はそこは手練れで、情報のさじ加減を上手にマネジメントしています。
本当に重要な情報を出しすぎず、それでいて重要な指標はっきりと開示する。
米国企業の決算資料をみれば一目瞭然です。
Key Metricsとして、おうおうにして一番初めのページに載っていたりするものです。
「このデータを見ろ。このデータを議論しようぜ」
というメッセージです。

まあ、こういうとアナリストは「相手の思い通りにはさせないぞ」と思いがちです。
それはそれで正しい正常な反応ですが、一旦飲み込んでみるというのが大事かと。
食わず嫌いはよくない。
なぜ、この料理がおすすめ料理なのかを考えてみるということです。
また、鮨やにいっているのにイタリアンを出せという要求もおかしい。

日本の企業はなんでもかんでも情報を出しすぎなんではないかと。
世界の主要企業と日本のそれでは開示量が圧倒的に違います。
日本企業は重要度のないデータも含めて出しすぎです。
情報を大量に出すことで、分析をさせないという手法もあります。
しかし、出した情報を自らが管理できていないというオチもあります。
日本企業の競争優位の劣化は情報管理敗戦ともいえる気がしています。

発行体による情報の編集能力

アナリストの分析は当然ながらいつも正しいわけではありません。
発行体からみて間違った情報や違うんじゃないかなぁという分析もあるでしょう。
そこで必要なのは発行体によるパーセプション・マネジメント力です。
そこでは発信する内容選択とメディアの影響力がモノをいいます。
株式市場の期待値を運用するという発想です。

株式市場で間違った議論を防ぐためには、発行体の主体的な役割が重要です。
どの情報をどのような目的のためにどのように開示していくのか。
加えて、情報だけでは不十分で、ある程度加工してやる必要があります。
そのプロセスの中で情報にストーリーを組み込んでやれれば面白い展開となります。
静的なデータを動的なストーリーに昇華させてあげるのです。
これは経営者の仕事なのでしょうが、実はあまり語られていないことが多いです。
IRのデータと企業の戦略は切り離されないはずなのですが、多くは分断されています。
非常に難しい作業なのですが、未来に生きる投資家へのインパクトは大きくなります。

パーセプション・マネジメントは絶妙なバランス感覚が必要

情報は発行体が編集するケースと、アナリストが編集するケースがあります。
もっともよいのは自分たちの編集が資本市場にも影響を与えるケースです。
アナリストが発行体のメッセージを「そうか!」と思えば、成功です。
メッセージがバズられていくわけですから、インパクトあったということになります。

ここで見方の違うアナリストと議論が展開できればもっと面白いことになります。
議論が深まり、それを多くが知ることになれば注目銘柄ということになります。
多くが議論に参加し、マクロで分析のガバナンスが効いているということになります。
望むべくは「舞台裏IR」よりも「劇場型IR」です。

自分ではない、それでいて深く関係する主体との関係を構築する作業です。
IRとは本当に難しいです。