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泉田良輔の考えたこと

ノマドアナリストが株式投資, テクノロジー, エネルギー, FinTech, メディア, サッカーをテーマに.

テクノロジーのアップグレードで変わる大学の意味:キーワードはやっぱりソーシャル

大手自動車メーカー出身の教授が「現状の大学への脅威」というお題を出してきた。

アカデミアに浸かっている人からすれば出ない発想だが、どうやら自動車は違うらしい。

実際にガソリン車は電気自動車や燃料電池車に常に脅かされているからか。

(ただ安全性能を保証するプロセスは将来も規制は抜けられないと思う。そこだけ付加価値)

まあ考えてみれば大学は学位を発行できなければ、有志の勉強会と変わりがない。

田中大臣が大学を認可するしないでもめている。(結局認めるらしいが)

これはそもそも大学が規制業種であるからである。

大学が学位を授与できるのはお上から与えられた特権だ。

学位にしか興味がない人からすると大学のそれ以外は議論の意味がない。

したがって、ここでは大学の学位授与の要素を除いた部分で考えてみる。

現在の大学の脅威はテクノロジーの変化により引き起こされているというのが自論。

(日本に限って言えば、供給過剰と少子化傾向が大学を苦しくさせているわけだが)

世界でみてもネットと通信インフラのアップグレードは大学のゲームのルールを変える。

インターネットの出現により大学は情報収集する限られた手段ではなくなった。

すべての書物がデータ化されてはいないので、図書館の付加価値はまだ残っている。

自分の希望の先生に直接教えを請いたいというのがなければ、インプットはネットで十分。

おそらく勘のいい大学はこの辺りまでの状況は理解している。

そこで2つの選択肢が考えられる。

つは、ネットに取り込みにくいと「おもわれている」グループワークの強化。

もう一つは徹底的にネットを利用するというものだ。

はじめのポイントは実は分かりやすい。

キーワードは実はソーシャルだ。

勉強は一人でもできるはずなので、勉強するのにグループワークは必要条件ではない。

学校にくればいろいろな人たちに会えるし知り合いになれるよと言っているにすぎない。

単に交流の「場」というか「プラットフォーム」を提供しているにすぎない。

その時にネタとして議論に耐えうるテーマを供給するのが大学(教授)の仕事だ。

加えて議論がとんでもないところに行かないように「パトロール」するのも仕事。

まあ、リアルのSNS系ゲームといっても良いかもしれない。

大学の知名度つまり「場」や「プラットフォーム」に既に価値があればこの戦略は機能する。

しかし、世の中はそんなに競争は甘くない。

世界で知名度がある大学がプラットフォームを提供するだけでなく徹底的にネット化するとどうなるか。

(受け入れることのできる学生の数が限られているとすると話は別だが)

これはWinner Take Allになりかねない。

世界中の優秀な生徒を一挙に囲い込むのである。

授業はネットでリアルタイムでも録画でもアクセスでき、ゼミもグループワークもネット。

年に2回程度、合宿込みでどこかにみんなで集まればリアルは十分だろう。

現状のテクノロジーやインフラ環境でもできなくない。

グループワークで困るのは時差ぐらいだろうか。

図書館の本も自分たちの蔵書は全部スキャンすればいいのである。

そうすれば、貸出待ちすることもなくなる。

これを実現すると強い大学はさらに強くなり、弱い大学は死滅する。

学生の数が増えれば収入も増え、更に優秀な教授陣をそろえることができる。

それでまた優秀な生徒が集まってくるというサイクルだ。

学生の数が増えれば、論文指導ができないという批判もありそう。

それは教授が細かいところはアウトソースをして、肝だけ抑えればよいだろう。

質のマネジメントは可能なはずである。

今後の大学の教育サービス産業の方向がソーシャルとネット化に向かわざるをえない。

世界で強い大学が一気に進めれば、その変化はさらに進む。

そうすると大学というタンジブルな資産に残された価値というと観光地としてのロケーションか。